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「気持ちが落ち込んだことがない人は?」と
大学の授業で尋ねると,手を挙げる人はまずい
ません。次に,「気持ちが落ち込んだことがあ
る人は?」と尋ねると,ほぼ全ての人が手を挙
げます。このように気持ちの落ち込みは誰もが
経験することです。ただし,気持ちの落ち込み
が長く続き,重症化した病的な状態(以下,う
つ状態とします)になることがあります。
それでは「どのようなことを行うと,うつ状
態に陥りにくいでしょうか?」。この質問を模
擬授業で高校生にすると,「友だちに話を聞い
てもらう」「部活で体を動かす」「カラオケで発
散する」などの回答が出ます。そのようなこと
を普段している人は,していない人に比べて,
うつ状態に陥りにくいでしょう。
心理学の研究によって,うつ状態の予防に効
果的な方法が見出されてきました。その方法が
広まり,多くの人が実践したら,うつ状態にな
る人が減ります。このような社会的に重要で,
私たちの人生・幸せにとって重要なことを研究
対象にできるのが心理学の魅力だと思います。
そこで,私は模擬授業でこのテーマをよく取り
上げます。
生物的な要因,環境的要因,生育歴的要因,
心理的要因など様々な要因によってうつ状態は
引き起こされます。以下では心理的要因に絞っ
て話を続けます。
うつ状態発症の心理学的モデル
心理学では,心理的なメカニズムを説明する
ためのモデルがよく作られます。まず,うつ状
態の心理的要因の初期のモデル,ABCモデル
(図1)を紹介します。このモデルでは,スト
レスフルな出来事(A)が直接的に,うつ状態
などのネガティブな感情(C)を引き起こすの
ではなく,その人の信念・認知(B:「考え方
や考え」のことです)がネガティブな感情をも
たらすと考えます。ポイントは,ストレスフル
な出来事を経験しても,それに対する認知の仕
方によっては,うつ状態に陥りにくくなること
です。わかりやすいモデルですが,信念・認知
から感情への流れが一方向的であること,認知
と感情以外の要因が考慮されていないことなど
の問題があります。このような問題や研究成果
を踏まえ,モデルを改訂していきます。
現在は図2のモデルがよく用いられます(わ
かりやすくするため,簡略化しています)。こ
のモデルでは,ストレスフルな出来事によっ
て,認知,感情,行動,身体に悪循環のサイク
ルが生じることで,うつ状態が引き起こされ
ると想定しています。「大事な試験の成績が悪
かった」という出来事を経験し,「まずい,駄
落ち込み予防の心理学
明治学院大学心理学部 教授
伊藤 拓
(いとう たく)
図 1 ABC モデル
Activating Event
出来事 信念・認知Belief Consequence感情(結果)
図 2 認知・行動の相互作用モデル
(伊藤,2008 をもとに作成)
感情
ゆううつ
焦り
試験の
成績が
悪かった
出来事
身体
胃痛
動悸
認知(考え)
「まずい,駄目だった」
「もうおしまいだ」
「だめな人間だ」
行動
考え込む
引きこもる
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私の出前授業
Profile─伊藤 拓
1994年,早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒業。1998年,中央大学
文学部教育学科心理学コース卒業。2003年,早稲田大学大学院人間科学研究
科博士後期課程修了。安田女子大学専任講師,同准教授,明治学院大学准教
授などを経て,2015年より現職。専門は臨床心理学。著書は『大学生におけ
る精神的不適応予防に関する研究』(共著,風間書房),『高校生に知ってほし
い心理学:どう役立つ? どう活かせる?』(共編著,学文社)。
目だった」という認知が生じると,ゆううつな
感情が生じ,考え込むことによって,ゆううつ
な感情とネガティブな認知が強まります。それ
が続くと,悪循環のサイクルが強まり,「もう
おしまいだ」「駄目な人間だ」などと認知がよ
りネガティブにエスカレートしたり,身体症状
が生じたりすることで,さらにゆううつ感情や
焦りが強くなり,うつ状態が進展すると考えま
す。
両モデルとも「認知」(考え)が重要な位置
を占めています。そこで,このモデルから言う
と,ネガティブな考えとどのようにつき合うか
が,うつ状態予防のポイントになります。
ネガティブな考えとどうつき合うか?
ネガティブな考えには色々な思考が含まれま
すが,ここではネガティブな「自動思考」に
絞ってお話しします。自動思考とは,自分の意
志に関係なく意識に上るネガティブに歪んだ考
えのことです。これが,ゆううつ気分をもたら
すと考えられています。その特徴は①自動的に
生じるので,生じるのを止められない,②思考
の内容が事実とは限らない,③人によっては自
動思考に気づかない,などです。これらの特徴
を踏まえ,ネガティブな考えとどのようにつき
合うのが望ましいのでしょうか?
まず,図2のような,ネガティブな考えを考
え続けるサイクルに気づけるようになることで
す。この際に重要なのは,ネガティブな考えが
浮かぶこと自体は自然な反応ですので,それが
浮かぶからといって「自分は悲観的で,駄目
だ」などと捉えないことです。大切なのは,ネ
ガティブな考えが生じた後,悪循環のサイクル
を持続させないことです。
次に,ネガティブな考えが事実とは限らない
ことを認識し,ネガティブな考えから距離をと
ることです。図2にある「もう駄目だ」「駄目
な人間だ」などは事実とは言えませんが,その
ような考えが浮かぶと,まるで本当のことのよ
うに思えるのではないでしょうか。一歩距離を
置きネガティブな考えを観察できるようになる
のが良いとされています。
さらに,一人で考え続けないことです。その
ためには,相談する,運動する,趣味の活動を
するなどが有効です。これは,「行動」に働き
かけ,悪循環サイクルを止めることに役立ちま
す。
最後に,より妥当で事実に即した考えを見つ
けることです。ただし,別の考えを見つける必
要はないとする理論も力を持ってきています。
以上を体系的に練習する方法がすでに開発さ
れています。ただし,これらを一人で行うのは
特にうつ状態があるときなどには難しくなりま
す。認知行動療法という心理療法では,これら
をカウンセラー(臨床心理士,公認心理師)と
一緒に行います。
さいごに
私は心理学を専門にして本当に良かったと
思っています。多くの素晴らしい学びと発見が
あり,心理学を学ぶ前よりずっと幸せになった
と思います。だから心理学の魅力を多くの人に
知ってほしいと思っています。皆さんと共に心
理学を学べることを楽しみにしています!
文 献
伊藤絵美(2008)『事例で学ぶ認知行動療法』誠信書房